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O脚矯正した名古屋の友人の子供の話

こんにちは、お久しぶりです。名古屋はすっかり暖かくなってきました。もうしばらくするとおそらく梅雨入りして、夏が来てって感じで、どんどん気温が上がってくると思います。

私はどちらかというと夏はあまり好きではないですね。汗を書くのが嫌ですし、男性じゃないので顔を水でびちゃびちゃ洗うわけにもいきません。そう考えると男性は羨ましいです。

さて、今回は私の友人の子供の悩みを話をしたいと思います。ゴールデンウェークに九州の実家に帰ったときに、私の小学校時代写真を出して両親と見たりしたのですが、私の脚がO脚だったんです。

確かにそんな記憶があったのですが、私の場合は学年が上がるにつれてだんだんと自然にO脚は治っていったそうなんです。子供はもともとみんなO脚だという話も聞きますからね。

ただ、私の友人の子供は現在中学生なのですが、O脚が酷いんだそうです。中学生になればこのまま自然に治るかと思ったそうなんですがそれがまったく治る様子もなかったそうなんです。そこで、名古屋市内の病院に通ったそうなんですが、一時的には改善されても、数カ月後にはまたO脚に戻ってしまったとか・・・。そこで友人が見つけたのが、O脚治療の権威とも言える福辻先生だったんです。

福辻先生がDVDを出していて、友人の子はDVDを見ながら治療した結果、なんとO脚が治ってしまったんです!私の地元名古屋でO脚に悩んでいる人は多いかと思います。友人の子供みたいに病院に行ってもO脚が改善されないとなると時間とお金の無駄になってしまいます。そんなときは福辻先生のO脚矯正法はおすすめです。

O脚矯正 名古屋

イメチェンした同級生

先日久しぶりに実家の九州に帰りました。そこで中学校の同級生3人と一緒に1年ぶりくらいに会ってきました。
中学生の頃から仲良し4人組なのですが、今でも最低でも年に1回は会うようにしています。

今回はたまたま実家のある九州で会ったのですが、通常はどこで会うかは本当にばらばらなんです。
大阪で会うこともありますし東京で会うこともあります。私以外の3人はみんな結婚している家族持ちなんですね。
しかも3人とも実家の九州を離れているので会う場所を決めるのが大変といえば大変です。

だいたい1年おきに4人が今住んでいる地域で会う感じですね。

今回は私が住んでいる名古屋市で本来は会うことにんっていたのですが、
私が久しぶりに九州の実家に帰るということで、
みんなも「じゃぁ九州で会おう」ってことになったわけです。

おかげ様で3人とも元気にやっているみたいでよかったなぁ。
みんな結婚してもキレイな身だしなみをしていて独身の私が一番みすぼらしい感じに思ってしまいました。

結婚すると自分に時間をかけなくなるのかなぁといったイメージを持っていたのですが
ちょっと違いみたいですね。

特に一人の子がめちゃくちゃイメチェンしていてスポーツジムに通っているらしく、あまりのスリムっぷりに「ライザップでもやったの?」とみんなで大笑いしてしまいました。中学生の頃からずっとぽっちゃりだったのにその子の変貌ぶりにびっくりしてしまいました。

しかも、エステで脱毛もしているらしく、お肌がつるっつるしていました。ジムのプールで泳ぐのに自分でムダ毛処理するのが大変らしいです。

結婚している主婦がそんなに頑張っているのに私は自分に全然時間もお金も使っていないことに気づき、
一気に火がついた感じです。

私はスリムにもなりたいし、つるつるの肌にもなりたい、そういう気持ちが強くなりました。

早速、私は脱毛 名古屋とスポーツジムを探してみました。

名古屋市はスポーツジムもありますが、エステ、特に脱毛サロンがめちゃくちゃいっぱいあることに
驚いてしまいました。

名古屋人ってそんなに脱毛しているの?と思ってしまうほど脱毛サロンが多くて、
どこに通っていいのか迷ってしまいます。

これからじっくり精査して来年4人で会うときには、3人をめちぇくちゃ驚かせてやります!

痩せると思って飲んでたコンブチャクレンズ、やり方が違いました。

「痩せるから飲んでみなよ」

そういわれて始めたコンブチャクレンズですが、変化がないように思います。
飲み続けてはいます。
期間は少ないかもしれません。

でも、本当に痩せるのか不安は拭えなくなりました。
もしかしたら私のやり方が間違っているのかもしれない。
もし、間違っているんなら、早めに正しい方法に直さないとお金が無駄になっちゃうので少し確認してみました。

「コンブチャクレンズは痩せない」

そんなサイトがありました。
コンブチャクレンズは痩せないらしい?口コミから見える真実とは?」って書いてます。

この方もやっぱ痩せないって言われたんですね。
なんか評価もちょっと微妙だし、どうしようかなって思い、とりあえずこのサイトを読み進めました。

このサイトではやっぱ痩せないなんてことはないって書いてますね。
そうですよね、痩せないとか許せないですよね、その気持ちわかります。
折角買ったのに痩せませんとか言われたら苦労が水の泡ですもん。

私のイメージですが、痩せる成分とかが入ってるんだっていうイメージでしたが、ちょっと認識が違いました。
痩せる身体を作ることが目的な物だったんですね。

身体から無駄な物を出して、身体を痩せやすいようにしてくれるのがこのコンブチャクレンズなんだそうです。
「飲んだから痩せる」というわけではなく、「飲んだから痩せやすくなるように身体を作る」ってことみたいです。

コンブチャクレンズだけ飲んでればいいっていうのは考えが甘かったです。

色んな食べ物とかと一緒に飲んでることがいいんですね。
私はてっきりこれだけ飲んでれば痩せるって思って、食事制限とかしちゃってたからダメだったのかなと思います。

まず身体にいいものを食べて、栄養をしっかり取ったうえで一緒にこれを飲んで身体を作る。

そういうやり方をしましょう。

新潟県魚沼市のふるさと納税はお得でした!

ふるさと納税が節税にもなってさらにいろんな地方の名産品をもらえると聞いてやってみようと調べてみました。私は今九州から遠くはなれて名古屋市で貿易会社のサラリーマンをやっています。サラリーマンも住民税を払っていますからこの住民税が安くなるようなのです。

会社の経理に聞いてみると年収400万円ちょっとの私の住民税は年間18万円だと言うのです。もし3万円のふるさと納税をすると2万8千円が住民税から控除されるとのことです。早速いろいろなサイトをあたってみました。すると、ふるさと納税をクレジットカードでできることを知りました。(参考サイト・・・ クレジットカード決済可能なふるさと納税、都道府県・市町村一覧をご紹介します。 )まあ、当然全国の自治体がやっているわけで、インターネットで受け付けているわけですからクレジットカード決済できて当たり前といえば当たり前ですが全部の自治体で出来るというわけではないみたいですね。

私はご飯、そうお米が好きです。独身ですが毎朝2合の米を炊きます。そのご飯は朝食と昼食(弁当)で食べます。なので米といえばやっぱり新潟、魚沼のコシヒカリですよね。そこで新潟県魚沼市にふるさと納税(つまり寄付)することにしました。

魚沼市に3万円のふるさと納税すると、こしひかり(新米)が5kgx2、つまり10kg送られてきます。10kgの魚沼産コシヒカリを楽天で買おうとすると5千円ー6千円かかります。これを実質2千円で手に入れることができます。寄附金額3万円ー控除額2万8千円=2千円自己負担。

ネットで寄付をしたらしばらくなんの連絡もなく不安に思ってました。ところが2ヶ月くらいしてお米10kgが届きました。早速炊いてみたら、全然普段食べているご飯とは違いました。つやつやのピカピカ。米粒が立っています!うーん、どう考えてもこれはお得です。ぜひ皆さんもふるさと納税にチャレンジしてみては?

精神障害の母のこと

私は九州の小さな田舎町出身で、そこには現在父と母が暮らしています。

普通であれば、最低でも年に1回くらいは帰省するのが普通ですが、私が帰るのは数年に1回くらい。長いと5、6年に一度しか帰らなかったこともあります。

親不孝だと言われるかもしれません。でも私は、母に会いたくないのです。

私の母親は、精神障害者です。

精神障害と聞くと、うつ病などを想像するかもしれませんが、うつ病よりももっと重いかもしれません。

病名は「統合神経症」。これは母に診てもらった医師に言われた病名ですが、病状を見る限り、統合失調症と同じなのではないかと思います。

「母がおかしい」と感じたのは私が小学校4、5年生の頃。

何がきっかけだったのか詳しいことは覚えていませんが、母と軽い口喧嘩になったときに、母がおかしなことを口走ったのです。

それは一般社会に反するような、言い換えれば常識に反するようなことをさらっと言ったのです。

残念ながら詳しい内容は覚えていないのですが、私はそのとき、自分の耳を疑いました。そして泣きながら抗議したのを覚えています。

その頃から、私の人生が狂い始めました。

母はだんだん、目に見えて行動がおかしくなっていきました。

もともと専業主婦だったので家にずっといることが多かったんですが、

昼間でもすぐ「疲れた」と言っては横になり、食事もまともに作ることがなくなって我が家の食事といえばホカ弁やカップ麺ばかり。一方で一日に何度も洗濯をし、買い物も頻繁に行きます。洋服は黒いものばかり着るようになりました。

そのくせタンスの中は、タグのついたままの新品の服が山のようにごちゃごちゃと積まれ、タンスの引き戸を開けるたびになだれが起きるような状態でした。部屋もゴミ屋敷のように散らかりっぱなしで、数え上げたらキリがありません。

そんな母に、私、3つ上の兄、そして父、つまり母以外の家族全員は猛抗議しました。

しかし母は逆ギレして、ますます意固地になっておかしな行動を取り続けるのでした。

その頃父は大坂に単身赴任しており、ちょうど母の異変を感じ始めた頃と時期がかぶっています。

父が月に2回ほど帰るたびに、家がおかしなことになっていたので、父も大変だったと思います。

私が中学に上がる頃には、母の言動は更におかしくなります。

昼間でも家中のカーテンを閉めきり、洗濯物は決して外に干そうとしません。

そして、ありもしないようなことで隣近所の悪口を言うようになりました。

母と、母の実親である祖父母の関係が悪化していたため、その頃には私たち家族は別居をして、私も1度中学を転校していました。家がそんな状態だったので、学校で明るく笑えるはずもありません。私はいじめに遭うようになり、家と学校で二重に苦しみました。

母は次第に、自分の行動を非難する父に対して暴力を振るうようになります。

毎日深夜早朝に関わらず、罵声が飛び交っていました。母が包丁を持ち出し、切り付けるような仕草をすることもありました。

私は自分のことにも精一杯だったので、父をあまり助けてあげられなかったことを今でも悔やんでいます。

何度か私は父と一緒に精神病院や町役所の専門家に相談に行き、強制的に入院させることにしました。このままでは自分たちの身も危ないと感じたからです。

運命の日。時刻は深夜で、例によって母は父に暴言を吐きながら暴れていました。私はいつも、父が殺されてしまう不安に苛まれて過ごしてきました。

その不安は、玄関のインターホンが鳴ったときに、ようやく終わりを告げようとしていました。

父がドアを開けると警察の方が2、3人入って来ました。

あらかじめ暴れることを想定して、父が協力を頼んでいたのです。

母は「帰って下さい!私は何もしていない!何もしていない!」と叫びながら暴れましたが、最後には両腕を抱えながらもなんとかパトカーに乗せることができました。

私はこのときの様子を、直接見たわけではありません。

二階の自分の部屋で、母の叫び声や警官のいさめる声を聞きながら、布団の中で震えていました。でも直接見なくても、手に取るように下の階で何が起きているのか分かりました。

車のドアが閉まる音や人の声がだんだんと遠くに聞こえたとき、トントントンと静かに階段を上ってくる父の足音が聞こえました。

私は布団から出て、ガバッと起きました。

「もう、大丈夫だ。病院に、連れていかれたよ」

私の部屋に入ってきた父は静かにそう言いました。

疲れて、やつれているように見えました。

「かわいそうなことしたな。あんなに無理矢理・・・」

意外にも父はそう呟きました。私はといえば最大の危険因子が排除されたことで安堵しました。

冷たいかもしれませんが、今まで父や私たちに対して行ってきた行動を考えると、とてもかわいそうなどとは思えなかったのです。

そして、しばらくは家庭に静けさが戻りました。

少しずつではありましたが、私も笑顔を取り戻すようになりました。

精神科に入院した母に会いに行くと、薬の影響もあってか、別人のように穏やかでした。私たちに話しかけるときも、まるで小さい子供に話すようで声質まで変わっていました。

ただ、それも入院中と、薬を飲んでいる間だけでした。

退院してしばらくすると薬を飲まなくなり、以前のような頑固な性格が出始めました。

私自身はなるべく早くに母の元を立ちたいと、高校を卒業するとすぐに上京しました。父には申し訳なかったのですが、これ以上自分の人生を台無しにされたくなかったのです。

現在は父に間接的に話を聞いているだけなのですが、やはり以前のような奇妙な行動が目立つとのこと。

暴れるようなことはないようですが、年老いた父のことを考えると胸が痛むのも事実です。どうにかしなければ、という思いと、母にはもう関わりたくないという思いで、今も私の心は揺れています。